目の前にあるのは、クリュッグ グランド・キュヴェ 170です。
細やかな泡は途切れることなく立ちのぼり、グラスの中で静かなリズムを刻んでいます。
やわらかな光を受けた液体は、明るさだけではない、わずかに深みを帯びた色調を見せています。
この時点で、単なる軽やかさとは異なる方向性が示唆されます。
口に含むと、まず熟した果実のふくらみが広がります。
それは前に押し出すというより、内側に厚みをもつ印象です。
続いて香ばしさが重なり、さらにわずかに乾いたニュアンス、そして湿り気を帯びた熟成の気配が、時間差でほどけていきます。
余韻は長く、その終盤にほのかな苦みが静かに残ります。
このシャンパーニュは、一度にすべてを提示するのではありません。
要素が重なり合いながら、順を追って姿を現していきます。
ここで、最近飲んだ169と171を思い出します。
169は、より引き締まった印象でした。
果実は抑制され、緊張感が前に出ます。
飲み手に余白を残す、端正な表現です。
一方171は、より開放的です。
果実が前に立ち、最初の一口から空間を満たします。
密度とエネルギーが、全体を牽引しています。
それに対して170は、そのいずれにも偏りません。
果実感、香ばしさ、熟成のニュアンスが、ひとつに均されすぎることなく、しかし全体として見事に調和しています。
ここに、クリュッグの思想が見えます。
多くのメゾンにおけるノン・ヴィンテージは、年ごとの差異をならし、常に同じスタイルへと整えるための手法です。
再現性と安定感が重視されます。
しかし、クリュッグのマルチヴィンテージは、その方向を取りません。
170を味わっていると明確になりますが、これは違いを消した味ではありません。
2014年を中心とする個性がまずあり、それを損なわないように、他の年のワインが支えています。
差異はならされるのではなく、調和のなかに取り込まれているのです。
だから、169、170、171は同じような〝着地〟にはなりません。
それぞれに、明確な個性があります。
170で感じる、果実のあとに香ばしさが重なり、さらに熟成の気配がゆっくりとほどけていく流れ。
そして余韻に残るわずかな苦み。
これらは、要素を均した結果ではなく、異なる年の特徴が保たれたまま、全体として調和していることのあらわれです。
グラスの中の泡は、静かに、しかし途切れることなく続いています。
急がず、主張しすぎず、それでも確かな存在感を示しています。
その佇まいは、170の味わいそのものです。
単一の印象に収束するのではなく、
ひとつの年を中心に、複数の時間が折り重なりながら広がっていく。
クリュッグとは、整えるのではなく、違いを生かすシャンパーニュです。






